愛されている・大切にされている、と思えるのってどんなとき?

突然、質問します。

私って

大切にされてるなー
愛されてるなー
幸せだなー

って、感じるときってどんなときですか?

 今日は午後から、茶言葉ワークだったんですけどね。ご予約が無かったので一人で愉しみました。一人のこの時間が愉しくて、募集をついつい怠ってしまうってどうよ?とも思いつつ笑

今夜は、夜の中国茶会もあることですし、中国茶三昧の一日です。

 さて、話を戻して私の感じる、大切にされてる・愛されてる・幸せだと感じるのはですね・・・

・ただただ話を聴いてくれる

これだけなんですよ。

まぁ、枝葉の部分ではたくさんあるんですけどね。
例えば、夫にだったら、家事を手伝って欲しいとか、子どもの世話してほしい、とか。あるけど、話を聞いてくれるというのがベースに合ってこそ、なんですよね。

 その元になってる想いは、幼少の頃に遡ります。私には弟が2歳下と7歳下に2人います。今から思えば、子育てに奮闘する母の気を惹こうといろいろ頑張るわけです。上の弟は学校でいろんな悪戯をしてしょっちゅう謝りに行ったりとか、下の弟は良く風邪を引いて夜も寝なかったり。私はおとなしくいることで褒めてもらえると信じていました。

 母は長野から嫁いですぐ私が生まれ、心を開ける友人も少なかっただろうし気軽に助けてもらえる人がいなかったと思います。母なりに精一杯、命がけで育児に家事に奮闘していたと今ならわかる気がします。

 でもそれでも、その当時の長女の私は、母を独り占めしたかった。話を聴いて欲しかった。私の方だけを見て、今日のいろんなことを聴いて欲しかったのに、それが叶えられなかったと思っている私は、他の人にそれを求めていました。いや今でもそうです。それが、最初の質問の答えに繋がります。

・ただただ話を聴いてくれる

これが愛されている、大切にされている、幸せだと実感できる私のルールとなっています。

ここを認めるまでにいろんな葛藤があり、本当に話を聴いてくれる状況にどっぷりつかってみました。大切な人に自分を全部さらけ出して、思いっきり、時間の許す限り。話を聴いて欲しいというのも、母に求めていたことだったんだと気づきました。大切に、幸せに、愛されたいってずっと思ってた頃の私に出逢えました。そしたら、やっと認めることができました。時間を割いて聴いてくれたことには、本当に感謝しかありません。

 ”聴く” ”聞く” はちょっと意味合いが違っていて、私の求めるのは、傾聴の ”聴く” です。ジャッジしない。ただただ相手によりそうという聴くです。

 私は、母に話を聴いて欲しさのあまり、話を聴くことが上手になりました。やってほしいことを相手にしてあげたら良いよと言われて大きくなったからでしょうか。そのおかげで今では聴き上手だと言われるようになり、仕事では活かされてるわけですが、母にもっと話を聴いて欲しいと、あの頃の私がもし言っていたらどうなっていたかなぁと。

今の私では無かったかも知れないけど、もっと楽に生きていたかもしれないなぁなんて、茶言葉しながら考えておりました。
 

 でも、これね。私はこう思いますが、相手も同じだとは限らないんですね。あくまで私が嬉しいだけ。自分が嬉しいからって相手にしてあげても、思った以上の反応がないこともあります。

 だから、その時にショックを受ける前に確認して欲しいんです。大切な人に。

あなたって

大切にされてるなー・愛されてるなー・幸せだなー

って、感じるときってどんなとき?

 反対に、自分のことも伝えて下さい。

私は、○○してくれたら 
大切にされてるって、愛されているって、幸せだなって感じるよって。

お互いのこと伝えなきゃわからないですからね。

ライン

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